国際医療福祉大学の学長へ◆Vol.26
スペシャル企画
2015年9月26日 (土)
橋本佳子(m3.com編集長)
――慶應義塾大学を定年退職したのは2007年3月。自らの後継者についてはどう考えていたのか。 慶應の場合、前任者は後継者選びについて、口を一切出していけないことになっています。前任者が何かを言うと、弊害が生じ得るので、教授選考委員会に完全に任せます。定年の1年くらい前に設置され、そこで議論され、決まるのです。結局、教授選考委員会の結果、講師だった北川(雄光)君が私の後任教授として選ばれました。 ――自身は2007年4月、国際医療福祉大学三田病院(東京都港区)の院長に就任する。 私が定年後、ここ(国際医療福祉大学三田病院)に来たのは、まだ医学部長の頃、理事長(高木邦格氏)に、「癌の専門病院にしたい」という三田病院の構想を聞く機会があったのがきっかけです。当時はまだ病院の建物も古い頃でしたが、私自身、日本癌治療学会の理事長を務めた経験もあり、病院全体で癌医療に取り組む体制を作りたいとは考えていました。 そこでまず取り組んだのが、人材の強化。2007年4月にこちらに来た頃は、医師は非常勤が多かった。慶應出身者をはじめ、いろいろな所に声をかけ、常勤医を増やしました。1年後の2008年4月には、...
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